老害 に ならない ため に。 まずは5つの事例で確認。自戒を込めて「クルマ好きのおっさんが老害にならないため」に

職場が疲弊する老害社員の特徴を学んで、自分が老害化しないようにしよう

老害 に ならない ため に

どうも。 参四郎です。 「老害」って言葉は昔はなかったと思うんですけど、最近はよく耳にしますよね。 辞書にも載ってないので色々とネットで調べてみたんですけど、まあ概ね文字通りの解釈、すなわち「害をもたらす老人」とか「困った老人」ってことで良いみたいですね。 まあ、昔から年配者は「最近の若い奴は・・・」みたいなことを言ってたし、昔から若者と年配者は意見が合わないもんでしたけどね。 現在は超高齢化社会ですし、定年の延長等でこれまで以上に老害の方々と付き合わないといけないので大変ですよね。 今回は老害にならないためにはどうすればよいかってことを考えてみたいと思います。 その辺りの認識のない、身の程をわきまえない老人が大事故を起こして周りに多大な迷惑を掛けてしまうのです。 私の親父は70才を超えていますが未だに車を運転しています。 以前、車のドアにエライ擦り傷とへこみがあったので「どうしたんだ!」と尋ねると「擦った」とバツが悪そうに答えました。 運転を止めることを勧めましたが「車がないと買い物に行けない」と。 確かにスーパーまで距離がありますからね。 「だったら歩いて近所のコンビニに行ったら?」と言うと「コンビニには刺身が売ってない」ですって。 むしろどんどんケッタイな生物に進化したりします。 人間いくつになっても謙虚さを忘れたらダメだという話。 吉川栄治先生は言いました。 吾以外皆師(自分以外の人は皆先生だと思いなさい)と。 ・・・私もなるべく頑張る。 とりあえず自分の分からない言葉があったら積極的に調べましょう。 あと最新の技術等には疎くなりがちなので、そういった未知なものに積極的に触れていくと良いと思います。 なんなら最新のRPGとかやったら良いかもしれませんね。 最新のJ-POPを聴くとか。 まあ私もどちらかと言うと70年代とかの古い音楽を聴くことが多いので人のことは言えませんが。 ていうかJ-POPなんか殆どゴミだろが! ・・・すみません。 とにかく吉川栄治先生は言いました。 生涯一書生(一生学生のつもりで勉強しなさい)と。 なんかまとまりがないですけど疲れたのでこの辺にしときます。 こんなこと書いてる自分が一番老害化しそうですけど。

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職場を蝕む老害の特徴10選!うざい会社の上司への対策・対処法!

老害 に ならない ため に

質問者さまがおっしゃっている老害が、辞書の意味の老害ではなく、いわゆる他人の立場に立てない老人、例えば公共心がない、平気で他人に迷惑をかける、自己中心的、尊大な態度などなどがある老人のことを指して老害とおっしゃっていると仮定して、以下、記載します。 確かに上記のような老人が昨今は多く目立つような気がします。 私も職業柄多様な年齢層の方と接しますが、ある年代を境に顕著になると思っています。 それは、修身 戦前の道徳の授業と思っていただければ 教育を受けなくなった世代、具体的には終戦前に小学生未満だった世代から、この傾向が強いように感じます。 現在の年齢で言うと、75歳未満の老人でしょうか。 特に、層の厚い団塊の世代が顕著かと感じます。 もちろん、お年寄り全てが、というわけではありません。 団塊の世代の方でも素晴らしくて尊敬できる方は沢山いらっしゃいます。 しかし、職務上で接していて、侮蔑の言葉を投げ掛けられる世代が多いのがやはり団塊の世代以下だと感じています。 これは老人に限らず、若い人もです やはり、ここで言う老害になってしまう原因は戦後の道徳教育だったのかな、と思わざるをえません。 数年前に修身が見直されたことがありましたが、それも必然だったのかもしれません。 では、こうならないためには、とかんがえると、彼らを反面教師にして、善い心構えを持ち続けることが重要かな、と考えます。 そのためにも、ここで言う、老害ではないお年寄りから善いところを沢山学ばせていただきながら、老害に遭遇しても争わない、換言すれば関わらないことが一番だと考えます。 ちなみに、老人に限らず、若い世代でも老害候補となりうる人が沢山います。 これも教育のせいもありますし、親が団塊の世代以下であることから、家庭環境にも問題があったからなのかな、と考えます。 いずれにせよ、老害にならないように、と考えるより、今日より善く生きられる明日を過ごすことを心がけることがなによりかな、と感じます。 自分もよくこの事については考えていたので、長文になってしまいました。 これを読んでご不快になられる方もいらっしゃるかと思いますが、あくまで一個人の私見ということでお許しいただければ、と願います。 最近、お年寄りが街で闊歩していることが多いですよね。 そしてたいてい文句を言って立ち去ったりします。 ひどい人になると痰を吐いたりして・・・。 そういう人にはなりたくないと思います。 私も周囲のいろーんな年代の人を見るたび、そう思うことがあります。 その中で、「こういう年の取り方を私もしたい!」と思うのは、やっぱり自由で自然体な雰囲気で人相のいい人ですね。 なんていうか、自分のことも他人のことも縛らず決めつけず、軽やかで楽しそうな雰囲気の漂っている人(軽薄でいい加減な人とは違う)。 そうなっていくためには、私が思うに「物心ともに自立していること」と「自分のホンネでスッキリ楽しくやっていること」が大事だと思うのです。 自分の経験を通した意見をきちんと持っていても、違う意見にも耳を貸せる柔軟性もあること。 自分が妙な我慢をしすぎる人は他人の自由も許せないし、小さなことで被害妄想を抱きやすくなってしまいますよね。 饒舌にご立派な説教などしなくても、気持ちよく自分らしく楽しんでいる人ってそこに居るだけで充分に他人のためにもなるし、そういう人の言葉には説得力や深みが自然に出るものだと思います。 ですから、私は一歩引く事を良しとしています。 上の年代から下を見ると自分が経験した過去と重なって、たいして差がないように錯覚しがちなんですが、下から上の年代を見ると、自分にとって未知の領域を歩く人ですから、非常に遠く感じるのが普通です。 私は若い頃、そう感じてました。 だから、理解できなくて当たり前。 ちょっと相手に引かれて当たり前だと思っています。 変に仲間になろうとすり寄ったり、一緒に行動しようと頑張ったりもしません。 一緒にいられる部分だけ、楽しく過ごすので十分。 自分が若い格好をしていようと、確実に違うのが当たり前だからです。 同時に、自分が理解できない事を頭から否定しない。 知識として文化を知ることが大切なのは大前提。 でも、知らない事や自分の感覚で理解できない事があっても、社会的な犯罪の側面がないなら否定はしない。 でも、何でも許容もしない。 このバランス感覚が大切だと思っています。 一番困る老害発想は、自分の価値観を他人に押し付けることです。 「自分が知っているのが最良の方法で、他の人も自分に倣うべきだ」という考えです。 そうならない方法は、常に「他人は自分よりよい方法を知っているかもしれない。 自分も他人に倣って最良の方法を学びたい」という謙虚な気持ちをもつことでしょう。 ですから、最新の知識を吸収しようとする努力を生涯怠ってはいけません。 年寄りになると周囲から恭しく扱われますが、それは自分の行動を無条件に全肯定しているわけではありませんからね。 若者から見ればベテランの存在や口出しは鬱陶しいですし。 そういえば、ちょっと前、会社の同僚が客先での打ち合わせの時、スマートフォンを使ったそうなのですが、それを知った上司が、「客先でスマートフォンを使うのは失礼だ。 紙の手帳を使いなさい」と言って客先でのスマートフォン使用を禁止したことがあったんです。 お客さんの方からクレームが付いたなら別ですが、そうでないのにこれはちょっと……と思いました。 なんでも、スマートフォンは「おもちゃ」に見えるそうです。 私は、この上司は「いい年の取り方」をしてるのかなあ、自分もあの年齢になった時、同じ構図の事をしでかさないかなあと不安になりました。 その上司は2年以上今の仕事をしてきたわけですがそれでまだ熟練者になれないということは、怠けているのです。 だから後輩に追い抜かれるのが怖い。 いつも後ろを意識して走っている。 本当に自信のある人は、媚もしないし、上から目線の押しつけもしません。 年齢がいくと、それなりの経験があり、価値観ができてくるので、それに外れることを否定しだす傾向が出てきます。 物事は、その時、その時で変わってしまうので、考え方一つにしても、変わっていくのは当然です。 自分が分からないことに対して、否定する。 あるいは、自分の立場を守るために、強引に自分の考え方を押し付けたりする、保身の思想。 そこから、老害は始ります。 年をとっても、若い人に、尊敬されたり、寄ってこられるのは、思っているほど簡単なことではないでしょう。 常に、人生の後輩に対して、何かを与えられる、そして、逆に、若い人から教えてもらう姿勢が必要です。 ケチな人も考えものです。 おおらかでありたいです。 そのためには、しがらみがない、そして、日々、楽しく生きることから始めてみたいと思います。 だけど、若い時に柔軟な考えを持っていて自然体でも多くの人はそうなります。 それに若さとは素晴らしい反面、身勝手で、青いもの。 お年寄りから見たら、若い人は生意気なことと思う場面もあるでしょう。 今とは体力が違うのです。 体力の衰えは思考にも影響しますよ。 私は寧ろ、異世代に、無理な迎合をすることに抵抗を感じませんね。 理解できないことに調子を合わせたくなくはないですが、自分の人生、年代に関わらず真剣に丁寧に生きていきたいですね。 すみません、長くなりました。 一言でまとめますと、基本的には環境や経験で考え方は変わるものだし、自分が病気になった時も結局思い描いていた様にはならなかったからといって、例えば、将来年金が支給されないかもしれないということには見通しが立たない現在、そのときの景気や公的制度にも左右されるし、医療・介護は想像以上にお金がかかるわけですが、人によっては在宅で介護サービス利用でも雑費含め万単位ですぐ飛んでっちゃうような介護保険施設はイヤだというので老後は自分の家で過ごしたいとわがままを言っているような老人は、世間の人からは同情されるかも知れないが、ひとりは嫌いじゃないので自宅で孤独死も悪くないし、好きな場所で最期を迎えられるという考えが願望という人もいますよね。 ですから、結局「みんな違ってみんないい」ということなんだと思います。

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40代からのスタート/老害社員にならないために

老害 に ならない ため に

あなたのまわりに老害社員はいませんか? 今回は自分が老害化しないために、老害社員の特徴を学びましょう。 主に40代以上の男性は要注意です。 私も40代です。 一緒に考えていきましょう!! これから書く特徴が当てはまれば、あなたも立派な老害社員!! まわりから煙たがられてないですか!?• 口は出すが、動きはしない 人からの意見や書類に関して「あーだ、こーだ」ケチはつけますが、決して、解決策は言いません。 というか解決策を持ってません。 会社や仕事の問題点は指摘しますが、決して自分から行動をして解決しようとはしません。 あくまで問題点を指摘するだけです。 タチが悪いのはこれまでの経験から、そこそこ的確な問題点を指摘します。 ただ、絶対に前に立って解決はしようとしません。 決断が遅い 管理職の老害社員にありがちです。 とにかく決断が遅いです。 意味もなく先延ばしにしたりします。 AかBか決めるだけなのに、Cの意見を言ってきて混乱させます。 挙句の果てに情報が足りないから「決断できない」と言ってきます。 情報を持っていっても、結局「〇〇さんの意見も聞いてみてくれ」とか言います。 話しが自論や経験談ばかりで、結局「やるのかやらないのか」曖昧に終わります。 「で、結局どっちなんですか?」とはっきり聞かないと答えが返ってきません。 とにかく責任から逃げる とにかく仕事中は「どのようにして責任から逃れるか」その1点に集中しています。 部下のせい、他部署のせい、法律のせい、時間のせい、他社のせい、家族のせい、政治のせい、国のせい「せい」にできるものはありとあらゆる使います。 経験がある分、引き出しは多いです。 そもそも仕事をしていない 仕事をした風に見せてきます。 珍プレー・好プレーの広島カープ、達川のデッドボールが当たってないのに、当たった風に見せるアレと一緒です。 古いかな、、 仕事を全然していないのに、したように見せます。 ただ、これは見る人が見れば仕事していないのが、結構すぐバレます。 この辺も達川と一緒です。 昔のやり方に固執する 何故か、頑なに昔のやり方でやります。 PCがあまり使えないのもありますが、頑なに手書きにこだわります。 しかも、字が綺麗ならまだしも字が汚いので、何を書いているかさっぱりわかりません。 電卓が好きです。 大変だろうなと思い、エクセルで数式を入れて提出するのですが、電卓で再確認したりします。 しかも電卓を打ち間違いして、エクセルの数式を疑います。 ちょっと何言ってるか、わからない これ、1番多くないですが?? 話しが長いのと、あっちこっちに話しが忍者の如く飛び回るので、結局「なんの話しだったんだ!?」という疑問しか残りません。 どんな問題でも、政治や時事ネタを絡めてきたりします。 例え話しで言ってるのか「これだけ新聞読んでんだぞ!」ということのアピールなのか、真実はわかりません。 話しの最初と最後で言ってることが違うので、混乱しまくります。 最初はAと言っていることを、だから結論はBなんだよと真顔で言ってきます。 だからといって、面倒な仕事はやりたくないし、責任は絶対取りたくない。。 あなたも誰かの顔が浮かんだんじゃないですか!? 40代を超えると体力も落ち、頭の回転も鈍くなり忘れっぽくもなります。 経験はついたので、少しでも楽する方法も身についています。 だからこそ!自分を律するしかありません! 老害社員の特徴を把握して、若い人からバカにされるような、老害社員にはならないようにしていきましょうね。

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